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鳥羽を歩く

2015-06-07 (Sun) 06:15

奈良・室生寺の翌日(29日)、足を延ばして鳥羽市内を歩く。

鳥羽市は離島に住むの人たちを合わせても人口20,100人 の小さな市、それでも観光には力を入れていた。鳥羽在住の友人の紹介で、「鳥羽ガイドボランティアの会」にお世話になり、市内を案内してもらった。

鳥羽はみなとまちと城下町が融合したまち。鳥羽を含めた志摩地方は、天皇の御食料物を貢進する国として古くから知られ、『万葉集』に「御食国志摩」(みけつくに)と謳われていたとのこと。

旧鳥羽街道から市内を歩く
旧鳥羽街道 市内を歩く

鎌倉時代になると「泊浦」と呼ばれ、伊勢神宮の御厨(みくりや)となり、天然の良港のため、多くの土豪や海賊衆などが利権を求めて争いが絶えなかった。

戦国時代末には、九鬼嘉隆が鳥羽城を築城し、鳥羽は大阪から江戸、桑名・熱田などから江戸や上方に向う交易船が風待ちのために立ち寄る港町として栄える。

鳥羽城の建物は明治時代に取り壊され、堀も大半が埋め立てられた。海城の名残は、本丸跡、旧幼稚園跡などの一部となっている。鳥羽城跡を訪ねる。

鳥羽城跡に  初代鳥羽城主九鬼嘉隆
鳥羽城三ノ丸跡    初代城主九鬼嘉隆


明治から昭和30年代まで、「まちあい」と呼ばれた遊郭が本町、大里を中心に栄え、今も、大里・横町には江戸・明治期の古い町家が並び、その面影を残していた。左下の画像は昔、遊郭であった建物、津の国。

観光ボランティアさんにお願いした2時間コースの最後に立ち寄ったお豆腐屋さん、糀屋(右下の画像)、ここオリジナルの豆乳ソフトクリームは人気の逸品、甘さを抑えたサッパリ味を堪能。

津の国(遊郭跡)  豆腐屋さん糀屋
津の国(遊郭跡)       豆腐屋さん糀屋


今回参加した伊勢一泊ツアーのグループは総勢15名、宿泊場所(伊勢中川)での懇親会は一緒だがゴルフ組と観光組(3人)に分かれた。観光組は前日の奈良室生寺と翌日の鳥羽市内観光となった。

来年、日本で開催されるサミット=主要国首脳会議が、三重県での「伊勢志摩サミット」と決まり、今、伊勢志摩はますます注目されている。

下はランチタイムに店のオーナーに案内してもらった志摩国一の宮・伊射波神社の前で、一緒の観光組と鳥羽在住の友人と。

伊射波神社で
観光3人組と鳥羽在住の友人と

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最終更新日 : 2015-06-07

Comments







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ガイドさんのウインドブレーカーが

ド派手な黄色!やっぱり目立たないと。公民館まつりでも、Tシャツとか、エプロンとかハッピとかやってみましょうよ。
2015-06-08-22:33 Mumbler
[ 返信 * 編集 ]

Re: ガイドさんのウインドブレーカーが

コメント、ありがとうございます。4月にスタートした東やまと市観光ガイドの会でも、同じような黄色いベストを準備しました。公民館まつりですかぁ。Junpei
2015-06-10-06:48 Junpei
[ 返信 ]