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在宅看護と開業ナース

2013-03-14 (Thu) 07:18

日経新聞夕刊(9日)の土曜シリーズ、こころのページに「『家で最期を』思い大切に」があった。記事は在宅看護を30年以上実践している村松静子氏をインタビューしているものだ。 日本でも20年以上も前から、看護師自身が開業する就業(形態)、開業ナースがあることを知った。

「在宅看護」となっているが、内容的には2/06のブログ記事「在宅終末医療のいま」でも紹介した終末医療との関わりについてを、看護師として3000人を超える死と向き合った体験からの思いをもとに紹介している。以前から気になっているテーマなので、早速、その著書をアマゾンに注文。...

村松静子
センセーショナルなタイトルだが内容は在宅看護、看取りケアのことだ


著書のタイトル(自分の家で死にたい)は少しセンセーショナルだが、帯タイトル(自分が望む最期を迎えるために)の方がより内容にフィットしているようだ。(著者:村松静子、海竜社、2012年12月刊)

・医療の進歩、世界に冠たる長寿国に成りえたが、「なかなか死ににくい民族」になった。
・医療としての”事情”で、延命のためだけの延命があってはならない。
・看護、介護はそのひとそれぞれで多様・複雑、一律ではない。
・在宅看護に未だ理解の低い「医療」の中で、どうすれば在宅に近づけるか。
等など、読後も簡単には答えを見いだせないことも含め、考えさせられることもある。

が、多くの人を看取ってきた在宅看護師としての体験から綴っているだけに、その主張には響くものがある。また、ここ数年は改善されつつあるものの日本の医療としての”事情”に対する看護師としての叫びもある。さらに、自分の望む最期のためには個人(患者)としての自律も必要と投げかけているようにも思えた。在宅介護と開業ナース、これからも拡がっていく分野だろう。

著書全体に、例えば認知症という言葉を使っていないこと等(物忘れと表現している)、人を差別しないこころ、人への尊厳が感じられる。人の本質ともいえる”最期”の願いを実現してあげよう、このことへの思い・志・信念みたいなものが伝わってくる。...そんな読後感だ。

氏は2011年に「開業ナース」としての在宅看護を社会に拡げた活動を認められ、「フローレンス・ナイチンゲール記章」を受賞している。

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最終更新日 : -0001-11-30

Comments







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おふくろを思い出します

 「自分の家で死にたい・お葬式はここから」は故人の願望でした。遠慮深い人で、口には出しませんでした。でも、よくわかっていたので、そうしましたが、周りは大変でした。
 それで、ピン・シャン・コロリを願望として、自分で出来るだけのことをしようと心に決めました。すると、結構やることがあります。私も本を買ってみます。
 野火止用水
2013-03-14-09:02 野火止用水
[ 返信 ]

私も家で最後を・・と思っています、文中の「・・個人としての自律も必要・・」とありますが、私の場合はこの辺が「」と思っていす。
興味深い本のようです、認知症という言葉を使っていないところなどはなんとも涙が出そうな気持ちです。
2013-03-14-09:22 さやまのサヤちゃん
[ 返信 ]

Re: タイトルなし

著書の中で、直接「個人の自律」という言葉が出てくる訳ではありませんが、個人がしっかり考えて主張することが必要だということが述べられています。私たちが当たり前に使っている「認知症」の言葉も差別用語になっているのかも知れません。
2013-03-14-12:46 純平
[ 返信 ]

Re: おふくろを思い出します

「余命が限られている場合、自宅で過ごしたい人」の割合は8割という2012年の調査結果に対し、人口動態統計2011年では、病院が76.2%、自宅12.5%、老人保健施設4.0%の結果となっています。医療技術や医療制度の発達で「死」を取り囲む状況は一変していて、望む形ではなくなっています。
2013-03-15-01:05 純平
[ 返信 ]