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歴史街道を歩くNo.8

2012-12-06 (Thu) 06:09

甲州街道の黒野田宿から鶴瀬宿までを歩いた(12/02)。参加者は27名、盛況だ。甲州街道#11のこのコースは甲州街道最大の難所、笹子峠を越える。実はこのコース、昨年の台風時の笹子峠の崩落で1年以上も催行できていなかった。そのため、参加者中24名が催行の連絡を待って参加した甲州街道完全完歩者(全18回)となった。こちらの完歩は順調にいけば来年の2月だ。

いつもの新宿からのバスで大月インターを下り、かるい体操の後、主な工程の黒野田宿--笹子峠入口--明治天皇御野立所跡--矢立の杉--笹子隧道--笹子峠--清水橋--桃の木茶屋跡標柱--駒飼本陣宿--鶴瀬宿--柏尾古戦場跡(帰路の途中にバスで、景徳院を見学)..と歩く。歩程は約15~16キロ、街道歩きというよりも今回は山歩きのコースだった。

もうひとつの大和(甲斐大和市)
甲斐大和市

昼食時の会話から、複数の参加者が東海道(全33回)や中山道(全33回)の街道歩きを既に終えていて、つわものも多いことを知る。皆さん元気だ。街道歩きは奥が深い。道の駅に届いた昼食の釜飯弁当は美味かった。

実はこの日は、中央高速のトンネル事故のあった日。笹子峠を登っている頃、上空をヘリコプターがひっきりなしに飛んでいた。あのような大きな事故が起こっていたとは...。

街道歩きのスナップの一部
甲州街道 笹子峠道                矢立の杉
峠道  矢立の杉

左:こんな道はいい方で、今は昔の甲州街道の面影はない。
右:矢立の杉、標高26.5メートル、幹周り9メートルの県の天然記念物。名の由来は兵士が戦いに向かうとき、この木に矢を射たてて戦勝を祈願したからといわれる。上の方は既に折れてなくなり、内部が空洞、根元の洞から空を見上げることができる。

笹子隧道                      笹子峠の道標
笹子隧道  笹子峠の道標

左:笹子隧道、難所であった笹子峠の下にトンネルが完成したのは昭和13年(1938)、昭和33年に「新笹子トンネル」ができるまで、甲州と東京を結ぶ幹線道路として重要な役割を果たした。国の登録有形文化財。
右:笹子峠、標高1,096メートル。甲斐はこの笹子峠で国中(クニナカ)と郡内を画す。郡内は上野原から大月・谷村一帯で平地が少なく、農業生産力が低い。甲府盆地の国中(クニナカ)とは産業・風俗ともに異なる歴史を持つ。

景徳院                        武田勝頼の墓 
景徳院  武田勝頼の墓

左:景徳院の山門。甲斐の国主として新羅三郎義光以来500年に及ぶ武田一族が、天正10年(1582)に滅亡した場所。武田勝頼一族家臣らの冥福を祈るため、天正16年に家康により建立された。
右:真中に武田勝頼、右に北条夫人、左に武田信勝の3人の墓が並ぶ。

駒飼宿本陣跡                   鶴瀬関所跡
駒飼宿本陣跡  鶴瀬関所跡

左:駒飼宿本陣跡。今は空き地となっているが、右側に松の古木もあり古道の面影も少し残す。
右:鶴瀬関所跡。標柱の側面に「甲州十二関の一つ、この関は「鶴瀬の口留番所」といわれ、主に物資の流通の警戒と..」等とある。



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最終更新日 : 2015-12-31

Comments







非公開コメント

 堪りませんね! こういう記事に接するとむくむくと行きたがる根性がおびき出されて、抑えるのに大変です。次を楽しみにしています。
 野火止用水
2012-12-08-08:15 野火止用水
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Re: タイトルなし

コメント、ありがとうございます。歴史街道歩きは、ポイント、ポイントで説明をしてくれる講師がついてくれますが、事前に参考書「街道を歩く 甲州街道(大高利一郎著)」で歩くコースに目を通してから参加します。楽しさも倍増します。空堀川
2012-12-08-12:09 空堀川
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