小笠原・母島でのトピックス

小笠原ツアーの現地3日目(5/04)、母島に向かった。父島二見港をははじま丸で7時半に出航、16時過ぎに戻ってくる。片道所要約2時間、ということで昼食タイムを含め4時間半の母島観光となる、そのトピックをいくつか紹介しよう。

父島からさらに南に50km、南北に細長い母島は人口が約500、主な産業は農業で、人口約2,000、主な産業は漁業とする父島よりもさらに自然の豊かさが感じられる。標高約463mの乳房山を中央に擁し、周囲約58kmでほとんどが急峻な崖となっている。

一行8名、島内の移動・観光は観光協会経由であらかじめ予約したガイドさん(田澤誠治さん)に車付きで案内してもらった。

ハハジマメグロ小笠原旅行行程表
固有種で特別天然記念物のハハジマメグロ(左)と行程表(右)

二見港を出航時に降っていた雨も母島沖港到着時には止んでいて、傘をさすことなしの観光となった。到着して直ぐ、農協の売店に向い、お土産用のミニトマトを注文し、宅急便での手配を済ませた。甘い母島のミニトマトは一番のお薦め!

ははじま丸:
総トン数11,000t、全長約150m のおがさわら丸に比べ、ははじま丸は、総トン数499t、全長は約65m、たった2時間の航海ながら大変によく揺れた。(乗船時に酔い止めの服用で万全) 

ははじま丸母島マップ
小雨に煙る出航待機のははじま丸(左)と母島のマップ(右、観光課発行のガイドブックより)


新夕日ヶ丘(右下画像):
ガイドさんに最初に案内してもらったのが、その名のとおり母島の夕日ポイント。向島、平島、姉島等が一望できる。ここで、母島での自然を守る様々な工夫、対策( 生態系保全アクションプラン )の話を聞かせてもらった。グリーンアノール対策の柵が見える。

外来種グリーンアノール(右下画像の枠内):
グリーンアノールは1970 年代、80 年代にそれぞれ父島と母島に人為的に持ち込まれて両島全域に広がり、オガサワラシジミなどの希少昆虫類を捕食して減少させた外来種のトカゲ。新夕日ヶ丘で試験的に、グリーンアノールの侵入防止柵を設置し、柵内で集中的に捕獲して、オガサワラシジミの食樹の植栽を行っている、その結果、柵の中では、オガサワラシジミや草地性の昆虫が増加している。

ハハジマメグロ(特別天然記念物・固有種・希少種、左下画像):
ガイドさんからその説明を聞いている時、侵入防止策柵の上に現れたのがハハジマメグロ、小笠原村の鳥に指定されていて、その名の由来にもなっている目の周囲の三角状の黒い斑紋が特徴。撮ってくださいという感じで止まってくれた、ラッキー!

ハハジマメグロ夕日ヶ丘新夕日ヶ丘
お目当てだったハハジマメグロが柵の上に(左)とガイドさんから丁寧な説明を受ける(右)


桑の木山 植物群落保護林(左下画像):
戦前はオガサワラグワの巨木が繁っていたという桑の木山。今は移入植物アカギが繁殖し、固有植物を脅かしている。アカギは伐倒しても枯れることはなく、伐り倒しても切り株からすぐに芽吹いて再生する。根ごと倒れても、枯れることなく枝葉を伸ばして立ち上がってくる。

アカギに侵略性があると認識されたのは1970年代で、爆発的に増えたのは1983年11月の小笠原を襲った台風17号以降だという。台風被害は激甚災害に指定されたほどで、山では多くの木々が倒伏し、その跡にアカギが侵入繁茂し、急激に広がった。林野庁によるアカギ除去と植生回復の取組みや様々な自然保護管理の説明を聞くことができた。

シマギョクシンカ(固有種、右下画像):
父島と母島にみられるアカネ科のシマギョクシンカの花、枝先に傘状に花が咲き(集散花序)、ほとんど白に近い小花がたくさん集まって咲く。白い小花の中に黄を帯びた小花もある。もう少し見映えのするシーンを撮りたかったのだが。

母島桑の木山母島シマギョクシンカ
植物群落保護林の前で保護管理の説明を受ける(左)と固有種シマギョクシンカ(右)


北港(左下画像):
母島北端の入り江。戦前は北村集落があり1944年(昭和19年)の強制疎開直前には約600人が暮らしていた。東京からの定期船も寄港していたという。海中にはサンゴ礁が広がり、アオウミガメの遊泳が見られる、磯釣りのポイントでもある。

北村小学校跡(右下画像):
北村小学校の開校は1887年(明治20年)。戦前の母島には沖村と北村に集落があり、1944年の強制疎開まで、ここに北村小学校があった。石段を登った両側に、門柱が残る。中の校庭跡はガシュマル等の生い茂るジャングル状態となっている。

母島北港母島北村小学校跡
北港の入り江(左)と北村小学校跡(右)


ロース記念館(左下画像):
ロース石は耐熱性に優れ、加工もしやすい母島の特産、そのロース石造りの郷土資料館に戦前使われていた民具や漁具、製糖機器等を展示している。ロース石は1869年(明治2年)頃、母島に定住し開拓に貢献したドイツ人ロスフスによって発見され、大正時代には砂糖倉庫として使用されていた。

母島沖港でのお見送り(右下画像):
人の数は少ないが、ガイドさんや観光協会、今回の旅仲間の旧友等、お世話になった人たちみんなで、遠くなるまでいつまでも手を振ってのお見送りでした。こい幟ならぬクジラ幟も見えた。

母島ロース記念館母島沖港
ロース記念館の見学(左)とははじま丸のお見送り(右)


母島日帰りツアーでは風光明媚な島の南側を観ることが出来なかった。小笠原諸島の訪ねた父島、母島、南島を全部合わせて現地3泊4日ではいかんともし難いが、次に来れる機会があれば、1泊2日で十分に歩いてみたい、そんな母島であった。

小笠原の旅、残すは南島の報告、それはリキ入れて次の機会に。

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