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アンニョンハセヨ韓国No.4

2017-10-14 (Sat) 05:43

韓国ツアーの最終4日目は1千万都市ソウルの市内観光。予定は世界遺産・昌徳宮(チャンドックン)と街の生活を垣間見る広蔵広場(カンジャンシジャン)を歩く。行程ゆっくりめの朝の出発前、ホテルでの朝食を済ませると、直ぐ近くの観光名所にもなっている清渓川(チョンゲチョン)の遊歩道を散策。

暗渠だった清渓川の上の高架道路を撤去するなどの復元工事で区間5.8キロメートルに、2003年7月から2005年末、清流が復活した。新しい清渓川を維持するため、1日に必要な水9万3700トンを地下水と漢江(ハンガン)から引いた水でまかなっている。

河川を復活させる都市再開発事業を短期間で実現、ソウル市民の心意気が伝わってくる事業だ。

昌徳宮敦化門170927韓国三都めぐりマップ
世界遺産昌徳宮の正門敦化門と韓国三都めぐりマップ



朝の清渓川の遊歩道
清渓川遊歩道清渓川遊歩道
清渓川清渓川直ぐ上の交差点
アオサギの姿もみられた清渓川と直ぐ近くの交差点


ホテルからバス移動で直ぐのところにある昌徳宮(チャンドックン)。1405年に景福宮(キョンボックン)の離宮として造営されたが、その後、景福宮に代わり、13代、約270年にわたり王の御所となり、政務がとられた。朝鮮王朝の宮殿建築がよく保たれていることから、1997年12月に世界文化遺産に登録された。

この日は月の最終週の水曜日、2014年からスタートした「文化のある日」とかで、全国の主要文化施設を無料(一部は割安)で利用することができる日。そういう訳で、この昌徳宮にも沢山の児童、生徒が学校行事で訪れていた。

昌徳宮の正門である「敦化門」(左下画像)は、ソウルの宮殿に現存する最古の正門。仁政門(右下画像)の向こうに見えるのが仁政殿(インジョンジョン)。

昌徳宮の敦化門と仁政門
昌徳宮敦化門170927昌徳宮仁政門170927
昌徳宮仁政殿170927昌徳宮楽善斎170927
仁政殿(インジョンジョン)と楽善斎(ナッソンジェ)

仁政殿(インジョンジョン)は昌徳宮の正殿(左上画像)で、王の即位式・朝礼・外国使臣の接見などの重要行事が行なわれ、臣下が前の広場に位階に応じた位置についた。

楽善斎(ナッソンジェ、右上画像)は、24代王・憲宗(ホンジョン)が後宮を迎え入れるために、1847年に建築。その後も後宮や女官が余生を送る空間として使用された。朝鮮王朝最後の皇太子である李垠(イウン)に、梨本宮家から嫁いだ方子(まさこ)妃も晩年を過ごした家でもある。

史跡観光の後に立ち寄った広蔵市場(カンジャンシジャン、左下画像)、ソウル市内中心部にあり、ナイトショッピングで人気の東大門(トンデムン)近くにある。右下画像は広蔵市場の中でも人気のチジミの名物屋台。

広蔵市場とチジミで人気の屋台
広蔵市場170927広蔵市場1709272
参鶏湯変換プラグ
昼食の参鶏湯と重宝した変換プラグ


ご当地グルメの最後の昼食は参鶏湯(サムゲタン、左上画像)、鶏肉と高麗人参、鹿茸、ファンギ(キバナオウギ)などの漢方ともち米、くるみ、松の実、ニンニクなどを入れて煮込んだ料理、を味わった。右上画像は、今回の旅行で持ち歩いたモバイル機器の電源変換プラグ、軽くて便利で大変に重宝した。

韓国人と日本人:
LCCの普及などもあり、今年8月までに日本に来た韓国人は466万人と前年同期比42%増だという。反対に日本人の韓国旅行は、8月までに前年同期比で4%増の約150万人。片思い状態ともいえ、韓国の「日本熱」がいかに高いかが伝わる。北朝鮮問題や旧日本軍による従軍慰安婦問題などを積極的に取り上げる(韓国政府の方針)ので、日本人が韓国を敬遠しているのだろう。

抱いていた韓国人像、政治家やメディアが問題提起するとそれに直ぐに同調する気性の凹凸の激しい国民性、そんなイメージだったが、各地で触れた韓国人は老若男女共に、素朴で穏やかな人たちも多く、また行ってみようと思わせる韓国だった。

旅行体験の抜粋となったアンニョンハセヨ韓国の4つの記事、最後までお読みいただきありがとうございました。

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最終更新日 : 2017-10-14

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