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歴史街道を歩くNo.5

2012-10-31 (Wed) 08:51

秋空の下の甲州街道、30日、勝沼宿から石和宿を歩く。参加者は24名、コースガイドの講師とツアーディレクターを加え、中型バスの定員一杯だ。7時半、まず集合場所の新宿から中央高速でスタート地点の柏尾坂公園前(勝沼)まで行く。

ガイドレシーバが配られ軽い体操の後、散策を開始。昼食を含めて6時間弱、主な工程の村尾橋、大善寺、史跡勝沼氏館跡、勝沼宿、槍掛けの松(本陣跡)、萩原家、旧田中銀行社屋、勝沼町の甲州ブドウ、栗原宿、大翁寺、大宮五所神社、田安陣屋跡、川中島の松並木、笛吹権三郎の像、遠妙寺、石和宿、石和本陣跡、石和陣屋跡...と講師の話を聞きながら辿る。歩程は約12キロ。

勝沼はブドウの産地、道の両側に沢山のブドウ棚が並ぶ。宿場の通りに入ると格子戸や蔵造りの家も残る。往時の甲州路の雰囲気も楽しみながらの歴史街道歩きだった。江戸の時代にまた一歩近づいた。

歴史街道歩きの参加者の中には、甲州街道よりも距離のずっと長い東海道や中山道を既に歩き終えて参加している人も多い。当たり前だが、皆、元気だ。今回のコースの講師は甲州街道ガイド歴も長く、詳しいガイドブック「街道を歩く 甲州街道」も3年前に出版している。歴史講師として大変に頼もしい。

今回でやっと甲州街道を歩く会の全18回の半分を歩き終えた。残りのコースを来年の春までに歩破するつもりだ。

撮った画像の抜粋:
柏尾古戦場跡、明治元年(1868)3月、近藤勇らの新撰組を中心とする甲陽鎮撫隊と板垣退助率いる西軍との間で戦闘が行われ、柏尾橋を挟んで両軍が大砲を撃ち合い、近藤勇が江戸に退却した場所。大善寺、創建は奈良時代の養老2年(718)。後に建立された本堂薬師堂には薬師三尊(国重要文化財)が安置されている。

柏尾古戦場跡の説明版(スタート地点)      大善寺薬師堂への山門
古戦場跡の説明版    大善寺2

勝沼氏館跡は武田一族の勝沼五郎信元の居館。昭和48~52年の発掘調査で館跡の全容が解明、内郭部は発掘当時の姿で全面保存されている。仲松屋荻原家、質屋で財をなした。江戸後期と明治前期の商家が残っている。

勝沼氏館跡                      仲松屋荻原家
勝沼氏館跡    仲松屋荻原家

旧田中銀行社屋、大正9年より昭和7年ごろまで山梨田中銀行の社屋として利用された、国登録有形文化財。勝沼富町の甲州ブドウ、日本最古のブドウの木が今も健在。樹齢100年といわれている。

旧田中銀行跡(博物館になっている)    勝沼富町の甲州ブドウの木
旧田中銀行博物館    勝沼町のブドウ

大宮五所神社、江戸時代の栗原筋55ヶ村の総鎮守。建物は歌舞伎造り、社殿の前が舞台となり、甲府に行く前の役者たちが、ここで芝居をして評判を確かめた。笛吹権三郎の像、鎌倉時代の正中の変(1324)で追放され甲斐に逃れた藤原道義の嫡男が、父を母と共に尋ね歩いてようやくこの土地(芹沢の里)に辿りついた。孝子の誉れ高く笛の名手でもあったとされる。

大宮五所神社                    笛吹権三郎の像 
大宮五所神社    笛吹権三郎の像
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最終更新日 : 2015-12-31

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